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 阿蘇山西巌殿寺では、毎年4月13日に「阿蘇山観音まつり」という行事があります。
熊本県内外からたくさんの信者さんが集まり、「火渡り」や「湯立て」などの荒行で一年間の無病息災を願うものです。
 祭りは、山伏の姿をした行者たちが厳かにお経を唱えることから始まります。その後、境内に組み上げた護摩壇(丸太を小高く組みヒノキの葉を積み上げたもの)に火をつけ、もくもくと大きな煙を立てながら焚き上がる火の中に、願い事が書かれた護摩木を1本1本投げ入れていきます。
 護摩壇が燃え尽き、炎が治まってくるといよいよ「火渡り」です。まだ燃え続ける木の上を渡る行者たち。「エイッ」と気合を入れ、勇ましく裸足でしっかりと歩いていきます。続いて一般の信者さんが渡りますが、火を渡る熱さに思わず駆け出す人も時々いらっしゃいます。

 この時、走ってしまうと余計に熱いのでご注意を。足を早く動かせば、当然足元に風が起こります。火はより燃えてしまうから熱さも増してしまいます。「心頭滅却すれば火もまた涼し」というように、落ち着いた心で望むことが難なく渡るコツと言えるでしょう。
 一方、「湯立て」は大きな釜にぐらぐらと湯を煮立て、その中にササをつけて取り出し、勢いよくまきちらす荒行。この湯を浴びた人は一年間無病息災と言われています。煮立てる間には、一人の行者がその釜の中に座禅を組みお経を唱える場面もあり、修行の凄まじさを思わせます。

 そもそも、この祭りの起こりは明治時代。明治九年、西巌殿寺が住職として迎え入れた権僧正の厨亮俊が西南戦争のときに西郷軍に虐殺された日が4月13日でした。
 厨住職は、着任するとすぐに阿蘇郡内を積極的に歩き、多くの人々に説教して回ったため、坊中住民からの信頼も厚く慕われていたのですが、説教の目的が反政府派の西郷隆盛を非難するものだったと言われたことから、そのような最期となってしまいました。その日を命日として、西巌殿寺が招魂際を行うようになり、現在の祭りとなってきたのです。



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